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福岡高等裁判所 昭和22年(ナ)3号 判決 1947年9月06日

主文

昭和二十二年四月十五日に施行せられた宮崎縣知事選擧の効力に關し原告から爲された異議申立に付て、宮崎縣會議員選擧管理委員會(被告の前身)が同月二十八日附で爲した決定は、之を取消す。

前項の選擧は無効とする。

訴訟費用は被告の負擔とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、(訴状全體の趣旨は斯様に解せられる)其の請求原因として次の様に述べた。即ち

昭和二十二年四月五日に施行せられた宮崎縣知事の選擧に際し法定の期間内に立候補の届出を爲した縣知事候補者は木島昇、安中忠雄、二見甚〓、鈴木憲太郞の四人であつたが、同日の選擧において各候補者の得票數は二見甚〓が十二萬二千六百四十七票、安中忠雄が九萬六千九十一票、鈴木憲太郞が七萬四百二十五票、木島昇が六萬三千二百九十六票であつて何れも有効投票總數三十五萬二千四百五十九票の八分の三である十三萬二千百七十二票に逹せず、從つて道府縣制第七十四條ノ十第一項による當選者を得られなかつたので、同法第七十四條ノ十三第一項に從い更に同月十五日當初の立候補者四人の中で有効投票の最多數を得た二見甚〓と安中忠雄の二人を縣知事候補者として選擧を行うこととなつた。ところが右二見甚〓は、右選擧期日の前である同月十日頃中央公職適否審査委員會においていわゆる追放指令の覺書に該當する者と認定され、右審査の結果に基き、先づ同月十三日内閣書記官長名義を以て宮崎縣知事を通じ宮崎縣會議員選擧管理委員會(被告の前身)に対し右二見甚〓は該當者として指定された旨電信による通知があつたが、二見甚〓本人に対しては、右選擧期日の後に至つて(早くとも同月十七日)始めて同人を覺書該當者として指定する旨の同月十日附内閣總理大臣名義の正式通知書が同人の留守宅に送逹されて來た。然るに、右選擧においては前記同月十三日内閣書記官長から前記委員會に対して爲された電信による通知を以て正式な覺書該當者としての指定があつたものとし、從つて昭和二十二年勅令第一號(以下單に令と略稱する)第六條第二項により右二見は即日縣知事候補者たることを辭したものと看做されたとの解釋の下に、道府縣制第七十四條ノ十四第一項にいわゆる「府縣知事候補者タルコトヲ辭シタル爲府縣知事候補者一人ト爲リタルトキ」に該當するものとして投票を取止め、同條第二項第七十四條ノ十一第二項乃至第四項により前記安中忠雄が當選者と決定された。

併し乍ら

(一)  令第四條による覺書該當者としての指定は、昭和二十二年閣令内務省令第一號(以下單に閣省令と略稱する)第五條第一項により、本人に対する通知で之を行うと定められてあり、本件に於ては選擧期日の後である四月十七日以後に内閣総理大臣名義の正式通知書が二見本人に到逹したのであるから、その時に至つて始めて同人に対する覚書該當者指定の效力が發生したものと斷ぜらるべきであり、たとえ之より先同月十三日内閣書記官長から前記委員會に対し前記の如き電信による通知があつたとしても之によつて覺書該當者指定の効力が現實に發生したものと解することは出來ない。斯様な次第で、本件選擧の期日たる同月十五日には未だ右二見甚〓に対する覺書該當者としての指定は爲されてゐなかつたことになるから、同日の選擧には同人及び安中忠雄の兩名を候補者として投票を行わしむべきものであつた。然るに、前記の如く投票を行わずして安中忠雄を當選者と決定したのは、法令の解釋を誤り選擧の規定に違反せる措置であつて且選擧の結果に異動を生ずる虞があること明かである。

(二)  假に右の如き内閣總理大臣名義の本人に対する電信による通知を俟たないで、内閣書記官長から前記委員會に対する電信による通知によつて令第四條にいわゆる覺書該當者としての指定たる効力を生ずるものとしても、いわゆる公職追放の趣旨を仔細に省察すれば、結局追放の本質は覺書該當者の公職に就く資格を全面的に剥奪することであり、斯る追放の本質に鑑みるとき、覺書該當者は始めから公選による公職の候補者となることが出來なかつたわけであり、それは覺書該當者としての指定が立候補の前に爲されたと後に爲されたとを問はないのであつて、只右の指定があればその者は當初から公選による公職に立候補する資格のないことが此の時を以て具體的に判明し確定するまでのことである。從つて、本件において、被告委員會が從前二見甚〓と安中忠雄とを法定の候補者と考えてゐたのが間違いであつたことになるから、前記電信による通知があつたとき直ちにその間違いを正し之を告示して安中忠雄と第三位の鈴木憲太郞とを候補者としていわゆる決選投票を爲さしめるべき筋合であつたのである。蓋し、昭和二十一年一月四日附で連合國總司令部から日本政府宛に發せられた覺書は、ポツダム宣言第六項に「日本國民を欺瞞し之をして世界征服の擧に出づる過誤を犯さしめた者の權力と勢力とは永久に除去せられねばならない」と言つてゐる趣旨を実行することを目的とせるものであつて、その附屬書A號列記の條項に該當する者は公職及び官吏の職から罷免せられ且將來官公職に就任出來ないことを命じ、又右該當者は帝國議會の議員候補者たることを禁止し且如何なる場合にも府縣知事又は市長の候補者たる資格を剥奪されるものと爲して居り、そこで、右覺書の趣旨に從つて昭和二十一年勅令第百九號が公布され其の後昭和二十二年一月四日に至り右勅令を全面的に整備改正して同年勅令第一號が公布された次第であつて、以上を綜觀すれば、前述の如く、追放とは覺書該當者をして一切の公職に就かしめないようにし、斯る者の公職に就く資格を全面的に剥奪することが、その本質である。而して覺書該當者なることが明確な場合は別に資格審査を待つの要はないが、その不明な場合があるから基準を定めて公職適否審査委員會が審査を爲し該審査の結果に基き覺書該當者の指定が爲されるのであつて、右指定そのものの効果は單に斯る該當者なることを指定するのみに止まり、之によつて生ずべき法律的な効果は前記昭和二十二年勅令第一號其の他によりそれぞれ上述の様な性質を有する追放の効果を附與されることになるわけである。斯様に解釋するのが至當であるから、前記の如く内閣書記官長から前記委員會に対し電信による通知が爲された昭和二十二年四月十三日を以て覺書該當者の指定が爲されたものとすればその日に二見甚鄕は當初より縣知事候補者たる資格がなかつたことが判然と確定されたことになるので、同人は外形的には最多數の得票者であつても實質的には適法な候補者たる資格を失い從つて有効投票の最多數を得た者と言う資格もなくなつた譯である。だから同人は候補者から除外し、次順位の安中忠雄と第三位の鈴木憲太郞との兩名を候補者としていわゆる決選投票を行わしめねばならなかつた。

然るに、前述の如く候補者たる資格のない二見甚鄕とその資格のある安中忠雄とを候補者と定め、実質的見地から言へば結局一人の候補者を立てて一人の知事當選者を定めたと言う奇異なる結果を招來したのであつて、斯る取扱いは亦選擧の規定に違反し且選擧の結果に異動を生ずる虞があるものと言わねばならない。

(三)  更に又、一歩を讓り、前記の如く内閣書記官長から前記委員會に対し電信により爲された通知によつて覺書該當者指定の効力が發生し且その効力が既往に遡らず只將來に向つてのみ生ずるものとしても、その結果として二見甚〓は此の時から當然に被選擧權を有しなくなつたものと解すべきである。而して道府縣制は同法第二十九條ノ二、第七十四條ノ八、第七十四條ノ十五第三項、第七十七條ノ三等に於て「被選擧權を有せざるに至りたるとき」の各場合に關し特別の明文を設けて居り乍ら、本件の如く所謂決選投票の施行前に候補者が被選挙權を有しなくなつた場合のことについて何等の規定をしてゐないから此の場合に直に道府縣制第七十四條ノ十四第一項を適用する譯には行かぬ。なるほど、令第六條第二項には「公選による公職の候補者について、第四條の指定があつたときは、その者は、当該候補者たることを辞したものとみなす」とあるけれども、それは單に同勅令の立場から公選による公職候補者に対しても追放の効果を生ずべきことを規定したまでのことであつて、更にその追放の効果として當該候補者が當該選挙において如何なる取扱いを受けるものであるかは、同勅令によつて決定されることではなくて、當該選挙が據つて以て行われる基本であるところの各選挙規定に從わねばならない。此の點に關して被告は、右追放の効果として前記道府縣制第七十四條ノ十四第一項の規定の適用を見るに至るべきものだと言うけれども、右規定に云う「府縣知事候補者タルコトヲ辭シ云々」とは府縣知事候補者が自發的に同法第七十四條ノ七第四項に從い選挙長に対しその候補者たることを辭する届出を爲した場合を意味するものであることはその文言により明かであつて、本件における如くいわゆる公職追放令により候補者たることを辭したものと看做される場合とは自らその事情も違うし又其の性質も異るから、彼と此とを同一視して本件の様な場合にまで右の規定を適用することは大變な誤りである。然らば結局前述の如く、本件の様な場合に關し道府縣制には何等特別の規定がないものと言わねばならない。勿論二見甚鄕が自ら覺書該當の事實を承認して候補者の辭退届を出したならば、道府縣制第七十四條ノ十四第一項に云う「府縣知事候補者タルコトヲ辭シ」た場合に該當すると解することも可能であつたらうが同人は斯様な辭退届を出してゐないからたとえ前記電信による通知によつて二見に対する覺書該當者指定の事實を知つたとしても、やはり同委員會は法令の命ずる所に從いいわゆる決選投票を行わしめねばならなかつたのである。

以上何れの點から之を觀ても、本件選挙は無効とせらるべきものであり且選挙の公正を害すること甚しいと云うのが縣民有權者一般の力強い輿論である。

是において、選挙人の一人である原告は右選挙の是正を欲して昭和二十二年四月十八日前記委員會に対し選挙の効力に關する異議の申立を爲したけれども、同委員會は同月二十八日附を以て原告の異議は相立たずとの決定を爲し該決定書は同年五月一日原告に送逹されたので茲に本件出訴に及んだ次第である。

と言うのである。尚被告の答辯に對し、二見甚〓本人に對し覺書該當者指定に關する電信による通知はなく又被告の主張する様に松尾宇一なる者を介し二見甚〓の選挙事務所に對する通報を受けたことはない、と述べた。而して、立證として、甲第一、二號證を提出し證人二見甚〓の訊問を求めた。

被告代表者は、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負擔とする旨の判決を求め、答辯として次の様に述べた。即ち

昭和二十二年四月五日に施行せられた宮崎縣知事選挙の結果が原告主張の如く各候補者何れも法定の得票數に逹しなかつたので、更に同月十五日當初の候補者四名の中有効投票の最多數を得た二見甚〓と安中忠雄の二人を候補者として選挙を行うこととなつたところ原告主張の日時にその主張する様な内閣書記官長名義の電信による通知があつたこと、それで二見甚〓から候補者辭退の届出を徴する迄もなく同人は縣知事候補者たることを辭したものと看做しいわゆる決選投票を行うことを取止めて安中忠雄が當選者と決定されたこと、竝びに二見甚〓本人に對し原告主張の如き内閣総理大臣名義の覺書該當者指定に關する通知書が同月十七日以後に到逹したことは、何れも之を認める。

然し乍ら

(一)前記内閣書記官長から宮崎縣知事を經て前記委員會に對し爲された電信による覺書該當者指定の通知は合法的なものであつて、二見甚〓本人に對し右指定の通知が爲されたりや否やに拘らず前記委員會宛の通知によりいわゆる追放の効力を生ずるわけであるから同人が候補者たることを辭したものとして、安中忠雄を當選者と決定したのは當然である。

のみならず右覺書該當者の指定に關しては直接二見甚〓本人に對しても同月十二日に内閣書記官長から「先の決定を取消し、貴下は該當者と決定せられたり」と言う内容の電報を以て通知が爲されてゐるし、尚又前記内閣書記官長から宮崎縣知事宛の電信による通知があつた際、右電信の趣旨を宮崎縣地方課長から當時二見甚〓の選挙事務所で主要な役割を爲してゐた松尾宇一と言う者を介して同事務所にも通知してあるのだから、本件選挙の措置には何等違法の點はない。

(二)原告は「覺書該當者は當初から被選挙權がなく從つて立候補することも出來なかつたものである。」と主張するけれども、之は不當な解釋である。なるほど、令第六條第一項には「覺書該当者は公選による公職についてはその候補者となることが出來ない」と規定してあるが、ここにいわゆる「覚書該当者」とは「覚書に掲げる條項に該当する者としての指定を受けた者」を意味すること令第三條第二項の斷り書によつて明かであり、且法令に特別の規定がない限り斯る指定に遡及効を認め難いから、その指定があるときまでは被選挙權を有し有効に立候補出來るわけである。本件において二見甚〓は昭和二十二年三月十六日第九八一八號確認書の交付を受けて適法に立候補したのであるから、同年四月五日の選挙における同人に對する投票は有効なものであり、前記覺書該當者としての通知により右投票の有効性につき何等消長を來すことはない。

(三)又原告は、道府縣制第七十四條ノ十四第一項に「府縣知事候補者タルコトヲ辭シタル爲府縣知事候補者一人ト爲リタルトキ云々」とあるのは候補者が自發的に辭退した場合のみを意味し令第六條第二項により當該候補者たることを辭したものと看做される場合は右に包含せられないのであると主張するけれども、右主張は全く法規の曲解である。令第六條第二項には、明かに「第四條の(即ち覚書該当者としての)指定があつたときは、その者は、当該候補者たることを辞したものとみなす」と言つてゐるのであるから、本件の場合選挙長竝びに前記委員會が道府縣制第七十四條ノ十四等を適用して處理したのは適正である、と言うのであつて、甲第一、二號證の各成立を認めた。

理由

原告主張の事實關係、即ち昭和二十二年四月五日に施行せられた宮崎縣知事の選挙において、各候補者の得票が何れも道府縣制第七十四條ノ十第一項但し書所定の數に逹しなかつたので、同法第七十四條ノ十三第一項に從い、更に同月十五日當初の候補者四名中有効投票の最多數を得た二見甚〓と安中忠雄の二人を候補者として選挙を行うこととなつたところ、その選挙期日前である同月十日頃中央公職適否審査委員會において右二見甚〓はいわゆる追放覺書に該當するものとして認定され、右審査の結果に基き、同月十三日内閣書記官長名義を以て宮崎縣知事を通じ宮崎縣會議員選挙管理委員會(被告の前身)に對して、右二見甚〓は覺書に該當する者として指定された旨電信による通知があつたこと、その後同月十七日以後に内閣総理大臣から右二見本人に對し同人を覺書該當者として指定する旨の通知書面が送逹されたこと、然るに、此の間、右選挙に於ては前記同月十三日内閣書記官長から前記委員會に對して爲された電信による通知を以て正式な覺書該當者の指定があつたものとし、從つて昭和二十二年勅令第一號(前同様以下單に令と略稱する)第六條第二項により右二見甚〓は縣知事候補者たることを辭したものと看做されるに至つたとの解釋の下に道府縣制第七十四條ノ十四第一項にいわゆる「府縣知事候補者タルコトヲ辭シタル爲府縣知事候補者一人ト爲リタルトキ」に該當するものとして投票を行ふことを取止め、同條第二項第七十四ノ十一第二項の規定に據り他の一人の候補者たる安中忠雄が當選者と決定されたことは、總て當事者間に爭のない所である。尚前記書記官長より前記委員會宛の電信通知が同月十三日に到逹して居る事實と證人二見甚〓の證言とを綜合すれば、前記の外に尚同月十二、三日頃二見本人に對しても「貴下は覺書該當者と指定せられた」旨の書記官長名義の電報が送逹せられた事實を認めることが出来る。

そこで先ず、第一の法律的な爭點となつてゐる所の、右内閣書記官長名義を以て、前記委員會及び二見甚〓本人に對して爲された電信による通知が、昭和二十二年閣令内務省令第一號(之も以下單に閣省令と略稱する。)第五條第一項の通知として、令第四條第一項の「覚書該当者としての指定」たる効力を生ずるものであるか否かの問題(即ち原告主張の(一)の論旨)について、審議しよう。

令第四條第一項には「覚書該当者としての指定は、公職にある者又は公職に就かうとする者について、内閣総理大臣の定める公職の區分に從い、内閣総理大臣又は地方長官が公職適否審査委員会の審査の結果に基いて、これを行う」とあり、而して右にいわゆる公職の區分については閣省令第四條及びその別表第三により都道府縣の地方長官に關しては内閣總理大臣が之を指定すべきものと定められてゐるから、本件の場合の如く地方長官たらんとする候補者についても覺書該當者としての指定を爲すべき主體即ちその權限者が總理大臣であることについては多言を要せずして明かな所である。

而して閣省令第五條第一項は「令第四條の規定による指定は、本人に対する通知で、これを行う」と規定してゐる。之に依ると本人に対する通知が即ち指定の實行方法であり、この成立要件である。單なる告知方法に過ぎないものではない。斯様に規定した所以は、蓋し覺書該當者としての指定が本人に対して令第三條第六條等に規定せられた所謂「追放」と云ふ重大な法的効果を及ぼすが爲に外ならないであろう。

而してこの通知の方式については、法令の上で特に之を定めてゐないから、口頭たると電報その他の書面によるとを問わないであらうが、その内容に至つては少くとも本人の如何なる行爲或は經歴が覺書の何れの條項に該當するかを摘示して爲さるべきものであることは、令第四條から遡つて第三條第一項第二項に「覚書に掲げる條項に該当する者」とあり、且其の指定が訴願の対象たり得ること等を考察すれば亦自ら明白である。又右通知が本人に到逹すること、即ち本人或はその代理人において現實に之を受領し或は之を受領し得べき状態に置かれることを要し、到逹がなければその効力を生じないことは言うまでもないことである。

斯の如く、右閣省令第五條第一項の通知を嚴格に解することは該通知による令第四條の覺書該當者としての指定が、前述の如く重大な法律効果殊に當面の問題となつてゐる令第六條第二項の候補者辭退と云うことに關連を有するのみならず、令第三條第二項の當然退職の期日或は又之に伴う令第五條の公私の恩給年金手當等の受領權喪失の時期や昭和二十二年勅令第六十五號第一條第一項第三條第一項による覺書該當者の指定解除に關する訴願期間などを定める基準ともなるべきことに鑑み、蓋し止むを得ない所である。ところで、本件において前述の如く昭和二十二年四月十三日宮崎縣知事を通じ前記委員會に対して爲された電信による通知は、覺書該當本人に対する通知ではないから、既に此の一事のみによつても之を以て右閣省令第五條第一項の通知と認めることが出來ない。

元々右の通知は閣省令第五條號二項に基き本人に対する通知に附隨して發生せられたものであることは右規定の文言及び別に本人に対して書記官長名義の電報通知があり且總理大臣名義の甲第二號證の通知書が本人に送逹せられて居ることよりして明白なところであつて、そもゝ書記官長名義で爲すことは斯様な附隨的通知についても適法ではないがその點は兎も角として、この通知は二見本人に対する通知ではないのであるから、之によつて覺書該當者指定の効力が生じたものとは到底認め難いのである。尚右電信による通知があつた際被告の主張する様に宮崎縣地方課長から即日松尾宇一を介して二見甚〓の選挙事務所に右電信の趣旨が通知せられた事實があり、之によつて二見本人が該通知の事實を知つたとしても之が爲にもともと本人に対する通知でないものが本人に対する通知に性質を變ずる道理もなく、從つて指定の効力を生ずる筈もないこと又言うまでもないところである。

そこで問題は前認定の二見本人に対する書記官長名義の電報通知の効力如何の點にかかるのであるが、本件覺書該當者指定即ち通知の權限が總理大臣に屬することは前述の通りであつて、書記官長にその獨自の名において右通知を爲すことの權限を與えた法令は存しないから、若し書記官長が自身の權限に基くものとして二見に対する右通知を發したものならば、指定の効力を生じ得ないことは當然である。

或は本件においては書記官長が總理大臣の輔助機關として、その命を受けて發したものであるかも知れないが、然しそれならばそれの如くその旨を通知電文に明かにして置くべきである、のみならず斯る外部に対する而かも色々な重大な法的効果を伴う特定の行爲については、法令に別段の定めがない限り部下の輔助機關をして代理せしめ得ないものであつて、輔助機關が命を受けて是等の行爲を爲すときにも必ず行爲者本人の名義を以てすること要するものと解するのが相當であるから、右書記官長名義の二見本人に対する電報通知ではまだ覺書該當者指定の効力を生じたものと爲し難い。

しかも、若し右電報通知が閣省令第五條第一項の正式通知として爲されたものならば最早他に通知を爲す必要はないのに拘らず、本件においては、同月十七日以後に至つて甲第二號證の總理大臣名義の書面が二見本人に送逹せられたこと當事者間に爭のないところであつて、それには二見甚〓が昭和十五年十月から昭和十七年八月迄泰國に滞在しその間日泰同盟條約に關し重要な役割を演じたものと認定し右は前記閣省令別表第一の七の三に該當するものであるから令第四條の覺書該當者として指定する旨を記載して總理大臣の印も押捺してある。これこそ閣省令第五條第一項の正式の通知として發せられたものであることは、その記載内容體裁等に徴して至極明白である。と同時に前記書記官長名義の二見本人宛電報通知は寧ろ單に注意的乃至豫告的通告に過ぎないものと認めざるを得ないのである。

以上の様に、各方面から仔細に檢討して見ると、結局本件において、昭和二十二年四月十五日の選挙期日後に甲第二號證の總理大臣名義通知書が二見に到逹して始めて令第四條第一項にいわゆる「覚書該当者としての指定」たる法律上の效力を生じたのであつて、同選挙期日前には未だ右の效力を有する通知はなかつたことが明かであり、從つて令第六條第二項により同人が縣知事候補者たることを辭したものと看做すことも出來なかつたわけである。とすれば、も早道府縣制第七十四條ノ十四を適用すべき餘地はなく、從つて當初に決定された通り同法第七十四條ノ十三に從い右の選挙期日には二見甚〓、安中忠雄の二人を候補としていわゆる決選投票が行はれねばならなかつた筋合である。然るに、前述の如き内閣書記官長名義の電信を以て閣省令第五條第一項の通知に該當するものとし、從つて、令第六條第二項により右二見甚〓は縣知事候補者たることを辭したものと看做して、直ちに投票を行うことを取止め他の一人の候補である安中忠雄を當選者と決定したのは、いわゆる公職追放に關する前記諸法令の意義を正確に理解せず延いて選挙に關する規定の適用を誤つたものであつてこの選挙規定の違反は選挙の結果に異動を生ずる虞がある場合であること言うを待たない。のみならず前記の如く法の命ずる所に從い昭和二十二年四月十五日の選挙期日に二見甚〓、安中忠雄の二人を候補者としていわゆる決選投票が行われたとすればたとえその直後に右二見甚〓に対し覺書該當者としての指定たる效力を有する正式な通知が到逹したとしても、その結果必ずしも安中忠雄が當選者となるものと限られてゐないことは、例えば右選挙において二見甚〓が有效投票の過半數を得たが右覺書該當者指定の通知に省みて自發的に當選を辭した場合、或は選挙長が同人を被選挙權を有せざるに至つたものと認定した場合(之等の場合には道府縣制第七十四條ノ十三第三項、第七十四條ノ十五第一項、第七十四條ノ十二第一項第一號或は第二號の適用により安中忠雄は當選者とせられないで更に選挙が行われることになる)を想定しただけでも、自ら明かな所であるから、上述した當裁判所の法的見解はその實益なしとしない譯である。

尤も、右説示の様な嚴格な解釋態度については、法令の文言に捉われ過ぎて實際(例えば本件の如く選挙期日が切迫してゐる様な場合)の需要に適しないとの異議が挿まれるかも知れない。併し乍ら、法令の解釋は飽迄も國民一般に公表せられてゐる當該法令の各規定の文言に自ら現れてゐる客觀的な意義を基本として行わるべきものであり、勿論之が運用を爲すに當つては各場合々々の實情に即し緩嚴多少の彈力を加味することが望ましいこともあるけれども、それには自ら一定の限度が存するのであつて、法令を運用する當局者や之が適用を受ける個々の私人がその時ゝの便宜に從い自由自在に解釋すると言うわけには行かない。さうでなければ、いわゆる法の安定性は失われ延いて法そのものの存在が有名無實となり、折角礎き上げられつつある現代法治主義の機能は再び停止されて獨善的な政治が出現するに至らないと誰が保障し得ようか。我々は、時に多少の不便と煩瑣とを伴うことを免れないとしても他面着實で且安全公正な法治主義の精神に立脚し之を擁護しようとする限り、前述の様な解釋態度を採らざるを得ないであらう。而して、若し夫れ法令の規定にして實際の需要に適合しないものがあるならば、速かに法令の改正が行わるべきである。之を爲さずして、専ら運用に携わる當局者の主觀的な意向により便宜に應じて解釋を爲さしめるが如きことは、上述の様な法治主義の精神を正解せず未だ獨善政治の餘弊から脱し切れぬ考え方であつて、我々の與し得ない所である。斯様に觀て來れば、前記の解釋態度に対する異議も亦自ら解消するであらう。

然らば進んで爾餘の點(そこにおける原告主張の論旨は必ずしも首肯し難いものがあるが)につき審究する迄もなく、本件選挙は無效とせらるべきものであることが明かであるから、曩に右選挙の効力に關し原告から爲された異議申立を却けた前記委員會の昭和二十二年四月二十八日附決定は之を取消し、右選挙の無效宣言を求める原告の本訴請求は正當として之を認容しなければならない。

そこで訴訟費用の負擔につき民事訴訟法第九十五條本文第八十九條を適用して主文の通り判決する次第である。

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